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日本テープリライト事始め
■嵐の中の船出(1963年〜)
テープリライト史当社の創業は1963(昭和38)年2月でした。2年後の1965(昭和40) 年2月に有限会社を設立し、その5年後の1970(昭和45)年には、「株式会社・録音速記」 に改組しました。
創業者の渡辺博史は田鎖式の速記者でしたが 「録音機があるのに何も苦労して速記符号を使うことはない」と考え、 音声定着手段としての符号を使うことをやめて、テープレコーダーによる録音に置き換えたのです。
当時としては画期的な試みでした。速記界からは「速記も使わないのに録音速記とは何事か」 と轟々(ごうごう)たる非難を浴びました。
■「テープ起こし」原稿の誕生(1973年〜)
テープリライト史その後、1973(昭和48)年に藤村勝巳(現テープリライト株式会社取締役会長)が参加しました。
藤村はジャーナリスト出身だったので、 「速記符号を録音に切り換えても、作っている原稿は従来どおりの言ったままの速記原稿である」 「これでは半製品で、そのままでは使えない」「最初から話し言葉を書き言葉に置き換えて、 そのまま使える最終原稿を作ってしまえばいいではないか」と、話し言葉と書き言葉の違いを前提にした 「テープ起こし原稿」の作成を提唱しました。
この反響は大きく、多くのユーザーから歓迎されました。
■「速記の時代は終わった……」(1983年〜)
テープリライト史1983(昭和58)年12月に「テープリライト株式会社」と社名変更しました。
「テープリライト」は全くの造語で商標登録されました。同時に、この新社名のご披露と創業20周年を祝って 東京・日比谷「松本楼」で盛大なレセプションが開かれました。その案内状の書き出しは 「私たちは速記の時代は終わったと考えます」となっていました。それが「けしからん」と、 当時「東京速記士会」の理事をしていた藤村は、同理事を解任されました。

テープリライト史しかし、同時に発刊された『話し言葉と書き言葉/テープ取材のテクニック・第1版』 (藤村勝巳著)を契機に、「テープ起こし」は新しい職業として、 ようやく社会一般に認知されるようになりました。
1988(昭和63)年11月には、藤村勝巳が創業者の渡辺博史から代表権を引き継いで第2代社長に就任しました。
■テープリライト新時代へ(1992年〜)
テープリライト史さらに1992(平成4)年には、テープ起こしの唯一の業界団体である日本記録業協会 (JTRA=テープリライト株式会社が事務局を担当)が設立され、カルチャーセンターや 通信教育での「テープリライター養成講座」が始まるなど、今日の「テープリライト」 ブームの基礎を築きました。

その後、2008(平成20)年には、グループ会社・有限会社彩テープリライト代表だった柳井貞樹が、彩テープリライトを本社に吸収合併の上、藤村勝巳から代表権を引き継ぎ、第3代社長に就任。現在に至っています。